高血圧症の薬物治療
高血圧症治療ガイドライン2019においては、カルシウム拮抗薬、アンギオテンシン拮抗薬(ARB)/ACE阻害薬、利尿剤、β遮断薬が主要な薬剤とされています。
一般的にβ遮断薬を「血圧の薬」として使うことはほとんどありません。またこのガイドライン発表後にARNIという新しい薬剤が高血圧症に対して使用可能となりました。当院での高血圧の薬物治療で使用する薬はARB, ARNI, カルシウム拮抗薬、サイアザイド系利尿剤がほとんどであるため、この4種類について解説します。
薬剤選択の考え方
高血圧症は心臓や腎臓に負担がかかります。特に心肥大や慢性腎臓病(CKD)を起こすことが知られています。心肥大やCKDといった特殊な病態の場合は、推奨されている薬剤があります。
高血圧症により心肥大、CKDが生じている場合はARBが推奨されています。ARBの腎臓保護作用は、腎臓への血流が低下することによります。腎臓への血流が低下した場合、感染症や合併症などにより急性腎不全や電解質異常を来たす事があります。そのため長期的な心肥大やCKDの予防効果より、短期的な安全性を優先する場合があります。その場合はカルシウム拮抗薬を使用しています。なお身体活動性が保たれていて合併症がなければ、ARBによる急性腎不全等の可能性は極めて低いです。
- 既に心肥大、慢性腎臓病を来している→ARB/ARNI
- 長期的な心疾患、腎疾患の予防を優先する→ARB/ARNI
- 短期的な安全性を優先する→カルシウム拮抗薬
というのが基本的な考え方です。
高血圧症の治療目標
高血圧症で治療する場合、家庭血圧の目標値は
- 125/75mmHg以下
- 135/85mmHg以下
のどちらかです。どちらかは必ずお伝えします。薬の効果は2週間で判定しています。2週間で目標血圧を達成していなければ別の薬に変更もしくは追加しています。
高血圧症は治療しているにも関わらず目標血圧を達成していない方が多くいらっしゃいます。目標血圧を達成していなければ薬を変えるか増やす という簡単なことで高血圧治療の目標達成率が大きく増えますし、未来の心疾患や脳卒中が確実に減少します。
アンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
血圧に関与しているホルモンはいくつかありますが、アンギオテンシンは血圧に関与する主要なホルモンの一つです。ARBはアンギオテンシンの受容体に働きかけ血圧を下げる薬です。アンギオテンシンは血圧を上げる以外にも、心肥大や慢性腎臓病に関わっています。心肥大や慢性腎臓病がある場合は、進行を抑えるためにARBを優先して使用しています。当院では心肥大や慢性腎臓病を予防するという観点から、基本的にARBを第一選択としています。懸念点としてはARBは腎臓の負担を取ることにより急性腎不全や電解質異常をきたすことがあります。身体機能が保たれており合併症がなければ、急性腎不全や電解質異常は極めてまれです。急性腎不全や電解質異常の恐れがある場合は、短期的な安全性を優先しカルシウム拮抗薬を優先する場合があります。
ARNI
ARNIはARBにネプライシン阻害薬という薬が加えてあります。ネプライシンを阻害することにより利尿作用、血管拡張作用、心肥大を抑える作用などがあります。元々心不全の薬であり、特に心不全の進行を予防する効果があるとされています。ARBで目標血圧に達しない場合は、ARNIに変更しています。初回からいきなりARNIを処方することはありません。
カルシウム拮抗薬
カルシウム拮抗薬は血管の緊張を取ることにより血圧を低下させます。ARNIで目標血圧に達しない場合に追加しています。良くも悪くも心臓や腎臓への影響が少ないです。ARBによる腎臓への影響が懸念される時は第一薬剤として使用しています。入院や生命に関わる合併症は少ないですが、足のむくみ、便秘、歯茎の腫れなどが起きることがあります。
治療抵抗性高血圧症
当院ではほとんどの高血圧症の方に対して
ARB→ARNI→ARNI+カルシウム拮抗薬
の順番で処方を行っています。薬剤治療の反応が悪い高血圧症を治療抵抗性高血圧症と呼んでいます。3剤以上薬を飲んでも目標血圧を達成できない場合というのが定義です。ARNIは2種類の経路で血圧を下げる薬剤であり、ARNIとカルシウム拮抗薬で目標血圧を達成できない場合を治療抵抗性高血圧症と呼んでいます。高血圧症全体の10%程度が治療抵抗性高血圧症とされています。治療抵抗性高血圧症の原因として睡眠時無呼吸症候群、原発性アルドステロン症、腎血管性高血圧症、腎性高血圧症の4つが挙げられます。血液検査や腹部エコー検査などで原因を調べ、薬剤を調整します。薬の併用や増量により、ほとんどの場合は目標血圧が達成可能と考えています。